「クロール?クロールなら先行って。クロール速いから。早く行って。早く!」
長距離を泳ぐ人のレーンで泳いでいた私はすでに休まず300m泳いでおり、やっとプールの端に着き、両足で立ち、息をゆっくり吸おうとしたその時に、急にまくしたてられた。
きりりとしたきれいな顔立ち、この年代にしては痩せていると思われるすらっとした小柄な体格、濃い藤色のワンピース型水着姿に黒いゴーグル。おばちゃんと言うのは申し訳ないような気がしたが、勝手なペースでまくしたてる点だけは、まぎれもなくおばちゃん。
大阪弁のずうずうしいおばちゃんならくすっとでも笑えるが、水面から顔を出した途端に標準語でまくしたてられ、あっけにとられ、しょうがなく、そしてちょっとおっかなびっくり私は再び向こう岸に泳ぎ始めた。
ジムのプールでは、先に行って欲しい場合、プールの端で立って休んでいる様子を醸し出す。ゴーグルを目の上ではなく、、大抵額の上や頭の上の方に置いているので、この人は今休んでいるというのが一目瞭然。これが暗黙のルールという気がする。
なので、早く行ってなんて言われることはまずない。しかも、クロールで泳ぐのかと泳ぎの種類まで聞かれるなんてことも今の今まで一度もない。だいたいクロール「なら」先に行ってと言うということは、平泳ぎや背泳ぎやバタフライなら、おばちゃんが先に行くと思われる。ということは、おばちゃんはけっこう泳ぎに自信があるのであろう。
私が先に行って大丈夫だろうか、どんなスピードでこのおばちゃんに追いかけられるのだろうかと、私は全力で猛ダッシュ。腕を精一杯大きくなるべく遠くに向かってかき、足を太もものつけねからまっすぐ上下にバタ足させる。おばちゃんへ約束した通りクロールで 泳ぐ。おばちゃんに追い付かれたらどんな文句を言われるかわからない。
ようやく向こう岸に着き、立って今来た道を見ると、先程のおばちゃんがなんとも優雅にゆっくり背泳ぎを泳いでる。人には早く行けとまくしたてるが、かなりのマイペースである。
このプールには歩き、初心者、一般、スピード、そして私が泳いでいたロングという長距離を続けて泳ぐ人用のレーンがあり、ロングは休みなく泳ぐ人が多いため、ある程度の速度で泳ぐ人が多いが、おばちゃんはなぜかロングのレーンでのんびりと泳ぐ。このままずっと背泳ぎで泳ぐのかと思っていたら、プールの端に着いて立ち上がって方向転換をし、これまたゆっくり平泳ぎを泳ぎだした。
どうしても私はおばちゃんにの足にふれるぐらいに追い付いてしまう。私の後ろからは別の人がせまっていて、これ以上スピードを遅くはできない。プールの端でおばちゃんが立って休んでくれたら抜かせるのだが、このおばちゃんなかなかの強者で、休まずにターンをし、私が足に触れようとおかまいなしにマイペースで泳ぎ続ける。毎回毎回スペースをあけてかなりゆっくりめに泳いでも、20mぐらいのところでおばちゃんに追い付いてしまう。
しょうがなく、おばちゃんがプールの端でターンする前に、私は手前でターンして先に行かせてもらった。しばらくしたら、このおばちゃんが一度プールの外に出たので、心の中でようやくリラックスして泳げるぞと思ったら、また戻ってきた・・・。
私が1.2キロ泳ぎおわったぐらいに、ようやくおばち ゃんは隣のレーンにうつってくれた。
私はそれまで気を遣いながら泳いでいたため気持ち良く泳げた感じがしなくて、普段は1.2キロでストップするが、今日はもうしばらく泳ぐことにした。
アクアヨガのレッスンが終わったためレーンが広くなり、そしてなによりおばちゃんがいなくなったため、水を得た魚のようにスイスイと泳げる。自分のペースで気持ち良く泳ぐ。
いつのまにか2キロ達成。最後こそ苦しくてフォームが乱れたが、ジムの武道ダンスレッスンで30分汗をかいた後に、2キロを54分で泳ぎ切ったのは、我ながらなかなかたいしたものだ。これもおばちゃんのおかげだろう。
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